京極夏彦
2008年12月16日
哀しい気持ち
再読月間も佳境に入っている。
3冊目の再読は京極夏彦先生の「後巷説百物語」
巷説シリ−ズを3冊を続けて再読するという、
まさに暴挙に挑戦してしまった 苦笑
以前に読んだ時には、当然のことながら
随分と長い間を開けて読んだ3冊の小説を、
シリーズ物とはいえ、間髪入れず続けて読むと言うことは、
結果として、とても意義のあることだったのではないか、
と自画自賛している今日この頃である 笑
巷説百物語シリーズというと、
妖怪化物系の必殺シリーズ的なイメエジが先行するのだが、
こうしてじっくりと腰を据えて読む巷説シリーズは、
随分と印象が違っていた。
哀しい気持ち
読後に訪れる何ともやるせなく切ない気分、
これぞ小説、これぞ読書、きっと読めば読むほどに
心揺さぶられる京極ワールドに、ただただ脱帽である。
そんな呆然とした気分の中で、
初めて読む小説と向き合う気分にはなれない。
といことで読み始めたのは「前巷説百物語」と迷った末の、
村上春樹「羊をめぐる冒険」である。
やれやれ、再読月間はいつまで続くことやら・・・苦笑
3冊目の再読は京極夏彦先生の「後巷説百物語」
巷説シリ−ズを3冊を続けて再読するという、
まさに暴挙に挑戦してしまった 苦笑
以前に読んだ時には、当然のことながら
随分と長い間を開けて読んだ3冊の小説を、
シリーズ物とはいえ、間髪入れず続けて読むと言うことは、
結果として、とても意義のあることだったのではないか、
と自画自賛している今日この頃である 笑
巷説百物語シリーズというと、
妖怪化物系の必殺シリーズ的なイメエジが先行するのだが、
こうしてじっくりと腰を据えて読む巷説シリーズは、
随分と印象が違っていた。
哀しい気持ち
読後に訪れる何ともやるせなく切ない気分、
これぞ小説、これぞ読書、きっと読めば読むほどに
心揺さぶられる京極ワールドに、ただただ脱帽である。
そんな呆然とした気分の中で、
初めて読む小説と向き合う気分にはなれない。
といことで読み始めたのは「前巷説百物語」と迷った末の、
村上春樹「羊をめぐる冒険」である。
やれやれ、再読月間はいつまで続くことやら・・・苦笑
2008年11月20日
引き続き巷説
巷説百物語を再読した勢いそのままに、
続巷説百物語を再読した。
続巷説の物語達は、
巷説の時系列に絡みつくように配置されているので、
読み進むに従って、
物語それぞれの時間的位置付けが無性に気になってくる。
そこで役に立ったのが「前巷説」の付録だった
「巷説百物語シリーズ解説書」である 笑
先日の記事で、再読した巷説百物語は
意外なほどにサッパリとした印象だった、と書いた。
しかし、続巷説になると物語は一気に重厚さを増してくる。
登場人物達それぞれの重く暗い生い立ちや過去が、
物語を否が応でも悲しく切なくさせていく。
この世のすべては夢か幻か、
それともうつつのすべてはまやかしか、
引き続き「後巷説百物語」に突入してしまった私は
すっかり夢と幻とあやかしに魅せられている 苦笑
続巷説百物語を再読した。
続巷説の物語達は、
巷説の時系列に絡みつくように配置されているので、
読み進むに従って、
物語それぞれの時間的位置付けが無性に気になってくる。
そこで役に立ったのが「前巷説」の付録だった
「巷説百物語シリーズ解説書」である 笑
先日の記事で、再読した巷説百物語は
意外なほどにサッパリとした印象だった、と書いた。
しかし、続巷説になると物語は一気に重厚さを増してくる。
登場人物達それぞれの重く暗い生い立ちや過去が、
物語を否が応でも悲しく切なくさせていく。
この世のすべては夢か幻か、
それともうつつのすべてはまやかしか、
引き続き「後巷説百物語」に突入してしまった私は
すっかり夢と幻とあやかしに魅せられている 苦笑
2008年11月15日
再読の意義
「巷説百物語」を再読した。
言うまでもなく「御行の又市」を主人公に頂いた
京極夏彦さんの人気シリーズの一冊である。
本来、巷説シリーズを再読するのであれば、
本シリーズの第一作である「嗤う伊右衛門」から
再読を始めるべきだとは思うのだが、
そこはそれ、ついつい「巷説百物語」から
読み始めてしまったので、御容赦願いたい 苦笑
私の巷説シリーズに対する印象は、
濃厚な物語だ、ということになる。
しかし再読した「巷説百物語」は、
意外なほどに、サッパリとした印象だった。続きを読む
言うまでもなく「御行の又市」を主人公に頂いた
京極夏彦さんの人気シリーズの一冊である。
本来、巷説シリーズを再読するのであれば、
本シリーズの第一作である「嗤う伊右衛門」から
再読を始めるべきだとは思うのだが、
そこはそれ、ついつい「巷説百物語」から
読み始めてしまったので、御容赦願いたい 苦笑
私の巷説シリーズに対する印象は、
濃厚な物語だ、ということになる。
しかし再読した「巷説百物語」は、
意外なほどに、サッパリとした印象だった。続きを読む
2008年10月19日
本格というフィールド
京極夏彦氏の作品は、一部の例外的作品を除けば、
二つの大きなカテゴリーに分類できるだろう。
片翼は百物語に代表される又市シリーズであり、
もう一方は言わずと知れた
中禅寺秋彦を擁する京極堂シリーズである。
そして京極堂シリーズをさらに細分化すると、
シリーズの本道を行く本編シリーズ以外に、
本編のサイドストーリー的「百鬼夜行 陰」
妖怪研究家「多々良勝五郎」を擁する
妖怪オタク系「今昔続百鬼 雲」
そして中禅寺秋彦の盟友、我らが榎木津礼二郎を
主人公に据えた本格ミステリアスコメディ
「百器徒然袋」シリーズとなる。
それぞれに味のある京極堂シリーズの外伝達だが、
作者からそれぞれがそれぞれに、意味と意義を持って
与えられた位置づけがある、ような気がするのだが・・・
続きを読む
二つの大きなカテゴリーに分類できるだろう。
片翼は百物語に代表される又市シリーズであり、
もう一方は言わずと知れた
中禅寺秋彦を擁する京極堂シリーズである。
そして京極堂シリーズをさらに細分化すると、
シリーズの本道を行く本編シリーズ以外に、
本編のサイドストーリー的「百鬼夜行 陰」
妖怪研究家「多々良勝五郎」を擁する
妖怪オタク系「今昔続百鬼 雲」
そして中禅寺秋彦の盟友、我らが榎木津礼二郎を
主人公に据えた本格ミステリアスコメディ
「百器徒然袋」シリーズとなる。
それぞれに味のある京極堂シリーズの外伝達だが、
作者からそれぞれがそれぞれに、意味と意義を持って
与えられた位置づけがある、ような気がするのだが・・・
続きを読む
2008年01月25日
心模様の夏
眩暈坂に、
二度目の夏がやってきた。
作品のタイトルは
「陰摩羅鬼の瑕」である。
伊豆の騒動の終結で、
一つの大きな区切りがついた京極堂シリーズだが、
長野を舞台にした「陰摩羅鬼の瑕」は、
まさに第二舞台、セカンドステージの、
幕開けを告げるにふさわしい快作だった。
続きを読む
二度目の夏がやってきた。
作品のタイトルは
「陰摩羅鬼の瑕」である。
伊豆の騒動の終結で、
一つの大きな区切りがついた京極堂シリーズだが、
長野を舞台にした「陰摩羅鬼の瑕」は、
まさに第二舞台、セカンドステージの、
幕開けを告げるにふさわしい快作だった。
続きを読む
2007年11月29日
好事家達の宴
「あなた、妖怪お好きですか??」
と、いきなり問われたら、
たぶん、私を含めて、多くの人は引くだろう。
そしてそう問うた人とは、
あまり友だちにはなりたくない、
と思うだろうことは、想像に難くない 笑
しかし、そう問われて迷わず
「はい、好きです」と答え、
後にはその人物と友人になる男のいる所が、
この小説のすごい所だ 笑
この小説とは何か、と問われたら、
それは京極夏彦氏の京極堂シリーズ外伝
「今昔続百鬼 雲」と答えることになるのである。続きを読む
と、いきなり問われたら、
たぶん、私を含めて、多くの人は引くだろう。
そしてそう問うた人とは、
あまり友だちにはなりたくない、
と思うだろうことは、想像に難くない 笑
しかし、そう問われて迷わず
「はい、好きです」と答え、
後にはその人物と友人になる男のいる所が、
この小説のすごい所だ 笑
この小説とは何か、と問われたら、
それは京極夏彦氏の京極堂シリーズ外伝
「今昔続百鬼 雲」と答えることになるのである。続きを読む
2007年10月27日
加速する探偵
滅茶苦茶である。
滅茶苦茶ではあるけれど、文章はスピード感に溢れ
笑いとシリアスが疾走し、併走しながら、
物語はただひたすら、悪人退治目掛けて突き進んでいく。
京極夏彦さんの中編小説集「百器徒然袋 雨」は
京極堂シリーズのサイドストーリー集ではあるのだが、
同じサイドストーリー集である「百鬼夜行 陰」とは打って変わり、
まさに陰と陽、もしくは明と暗、さらには躁と鬱、
と言うくらい、「百鬼夜行 陰」とは、
好対照的な仕上がりを見せてくれている 笑続きを読む
滅茶苦茶ではあるけれど、文章はスピード感に溢れ
笑いとシリアスが疾走し、併走しながら、
物語はただひたすら、悪人退治目掛けて突き進んでいく。
京極夏彦さんの中編小説集「百器徒然袋 雨」は
京極堂シリーズのサイドストーリー集ではあるのだが、
同じサイドストーリー集である「百鬼夜行 陰」とは打って変わり、
まさに陰と陽、もしくは明と暗、さらには躁と鬱、
と言うくらい、「百鬼夜行 陰」とは、
好対照的な仕上がりを見せてくれている 笑続きを読む
2007年10月21日
それぞれの心模様
闇に紛れる物陰とか、夜の静まり返った家の中とか、
夜の布団の中で聞こえる正体不明の物音とか、
子供の頃には、身近な生活の中に
怖いと思うものがたくさんあった。
それらが今では全く怖くないのか、と問われれば、
全く怖くない、と言い切れはしないモノの、
闇に紛れる物陰には何も居ないことを今の私は知っているし、
夜の静まり返った家の中が実は極めて安全だ、
ということも当然のことながら知っている。
夜の布団の中で聞こえる正体不明の物音の正体が、
実は風の悪戯であったり、
実は気温や湿度の変化によって軋む、
家を構成する材木やコンクリートの組成変形音だったり、
それらの物音には、そんな理路整然とした理屈があるのだ、
ということだって解っている。
それでも怖さというモノが全くない、と言い切れない。
もちろんまさかということだって世の中にはある。
想定外のことだって起こりえる。
だからいつだって不安なのは当たり前、
そう言ってしまえば、まあ、そんな気もする 笑続きを読む
夜の布団の中で聞こえる正体不明の物音とか、
子供の頃には、身近な生活の中に
怖いと思うものがたくさんあった。
それらが今では全く怖くないのか、と問われれば、
全く怖くない、と言い切れはしないモノの、
闇に紛れる物陰には何も居ないことを今の私は知っているし、
夜の静まり返った家の中が実は極めて安全だ、
ということも当然のことながら知っている。
夜の布団の中で聞こえる正体不明の物音の正体が、
実は風の悪戯であったり、
実は気温や湿度の変化によって軋む、
家を構成する材木やコンクリートの組成変形音だったり、
それらの物音には、そんな理路整然とした理屈があるのだ、
ということだって解っている。
それでも怖さというモノが全くない、と言い切れない。
もちろんまさかということだって世の中にはある。
想定外のことだって起こりえる。
だからいつだって不安なのは当たり前、
そう言ってしまえば、まあ、そんな気もする 笑続きを読む
